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2007年5月24日 (木)

人類に最も貢献する方法は、天才に貢献することである

昨夜、僕がとても可愛がっていた若者が、とあるベンチャー企業のCTOになることを受諾したのだというメールを受け取った。

「清水さんとUEにはとてもお世話になったのにこんなことになってすみません」

んで、僕としてはどう思ったかというと

「気にすることはない。君は天才だ。天才は他人に迷惑をかけるもので、僕は天才に迷惑をかけられるのが好きだ」

ということ。まあそんなことをメールにして返信した。

それで思った。ああ愛しているのだと。僕は。会社を。彼を。人類を。

天才は人類で共有されるべき有限な資産である。

凡夫が天才を独占することは許されない。

彼が天才としてそこで輝けるなら、それでいいじゃないか。
平凡な会社のCTOを引き受けるんだったら、僕も止めたが、そうでもない。非常に野心的な会社である。

だったら僕が彼を引き止める理由もまたない。

僕が最初から考えていたのは、「彼は天才過ぎる」ということだった。

天才はつなぎとめることが出来ない。

天才を檻に入れて飼いならすこともできない。
そうした瞬間から、天才は天才でなくなってしまうのだ。

僕は愛している。天才を。

うちの会社にも天才は沢山いる。

布留川君、水野君、内田君、近藤君、最近入った人たちは直接は知らないけどきっと天才的な活躍をしている。

それが天才なのだ。

うちの会社は天才の集まりだ。天才とは、天才的な活躍をする人のことであって、単に頭が良いとか、資格を持っていること指すのではないと思う。うちの会社のスタッフは全て天才的な働きをしている。でなければこれほどの急成長はしなかっただろう。

僕になにか良かったことがあるとすれば、ずば抜けた幸運だけだ。でも幸運であるということには絶対の自信を持っている。天は自ら助く者を助けるのである。

そんなわけだから、天才の若者が一人抜けたくらいではびくともしない。

ただ、彼だけに限って言えば、ずば抜けた天才だった。
ずば抜けた天才というものは、ずば抜けているが故に既存の価値観で満足できないのだ。常に上を目指して戦っていくのだ。

何ヶ月か前、経理に「彼はここ何ヶ月か会社に来てないけど、給料を振り込んでもいいの?」と聞かれたことがある。

僕はもちろん振り込めと言った。

彼は生活に困っていたし、生活に困るのは天才のすることではないからだ。

金が足りなかったら、僕の給料を引けと言った。

うちの会社はカンボジアにいる三人の少年少女に毎月仕送りを送っている。

人類の力を信じているからだ。

それがいつか人類の役に立つと信じているからだ。

僕は人類を愛しているからだ。

僕が会社を作り、育み、経営を続けるただひとつの理由は、人類の発展に貢献したいからだ。

およそ天才に貢献すること以上に効率的な社会貢献があるだろうか。

僕は上司に恵まれた。

18の時に憧れのスタープログラマーに会った。
彼は僕に「30才の自分をイメージして今から行動しろ」と教えてくれた。

僕はその当時描いた30才の自分よりも、結果的には最も良い形で成長できたと思っている。

憧れのスタープログラマは、僕の上司になった。
そして僕を愛し、育ててくれた。

「なにもしなくていい。座っているだけでいい。それで給料をやろう」

普通これは嘘になる言葉だが、彼は本当にそれだけで給料をくれた。いま考えれば、あの規模の会社としては破格の給料である。 うちの会社でも、匹敵する給料をもらっているのは数人しかいない。何もしない奴にそれだけの給料を払う勇気は今の僕にはまだない。

そしてそのことを時々思い出し、いつも感謝している。

「いずれ社長になるのなら、この仕事はしなければならない」

そう言って難しい仕事を任せてくれた。プログラム一本槍だった僕に、企画と営業の難しさと楽しさを教えてくれた。 予算管理を教えてくれた。

上司はいつもこう言っていた。

「お前はいずれこの会社を離れて、自分の会社を持つだろう。そのときのために、俺はなんでも教えてやる。この会社でできること、学べることは最大限学べ、そして立派な社長になり、人類社会に貢献するのだ」

と。

いうなれば、僕を天才として扱ってくれたのだ。

僕は彼の期待通りの天才にはなれたかもしれないし、なれなかったかもしれない。

いまとなっては彼になにか恩を返すこともとくに思いつかない。

でもそれでいいのだ。

若者と初めて会ったとき、紛れも無い天才だと直感した。

彼はきっと天才過ぎて僕の商売の役には立たないだろうとも思った。

でもそれで良いとも思った。

彼は生活に困っていて、僕は彼を援助することにした。
結局のところ、ただそれだけだ。

天才が生活費に困るようなことがあってはならない。

僕が上司にしてもらったように、僕が彼になにかをしてあげようと思った。

だが彼は僕がかつて若かった時よりも段違いに本物の天才だった。

あっと言う間に巣立っていった。

まあそれはそれでよし。

凡夫の僕としては、彼という天才の人生の、ほんの1,2年という僅かな期間ではあったけれども、その貴重な青春の時間を共有できたというだけで、身に余る光栄なのだ。

彼はいつかきっと凄いことを成し遂げてくれるだろう。
凄くそれを期待している。

その凄いことは、僕の役には全く立たないかもしれないし、僕に金銭的メリットが返ってくることはおそらくないだろう。

それでも僕は、彼の天才に貢献できたこと、人類の発展と繁栄に貢献できたこと、それが身を捩るほど嬉しい。

部下が転職して嬉しいと思うのはこれで二回目だが、いずれの場合も、部下が出世した結果転職することだった。

先日はデザイナーが造形大学の講師になるといって出て行った。それでも彼は週に一回は必ず出社してくれる。ありがたいことだ。

僕はなんと周囲に恵まれていることか。
なんと人類に恵まれていることか。

そう思うとき、僕は思わず連呼するのだ。

愛してる!愛している!ああ愛していると。

僕は天才を愛している。

人類を愛している。

先日も、インターンで来ていた女子学生が、某日本最大の報道機関に入るという報告をしてきた。

身を捩るほど嬉しいことである。

インターンを募集するのも、働かせるのもタダじゃない。

それなりのお金がかかり、時間がかかり、大変な思いをする。

だから時々、周囲は僕を批判する。

会社のリソースをよしなしごとに使うなと。

けれども僕は跳ね除ける。

他のどんなことを批判されても耳は傾けるが、こと天才の扱いについては別だ。

リクルートでバイトしていた夏野剛さんと、とらばーゆの編集長だった松永真理さんの出会いがなければ、iモードはいまのような形にはなっていなかった。

僕は夏野剛さんはまぎれも無い天才だと思う。彼の天才を愛している。

榎啓一さんも松永真理さんも、ただ夏野剛さんをドコモに招き、絶大な権限を与えたということだけがその成功に最も貢献した行為だと思っている。少なくとも部外者の僕からはそう見えてしまう。

だからそれでいい。

僕は僕の会社にやってくるインターンは天才だと思って育てることにしている。

彼や彼女らはとても優秀で、将来は日本、そして人類を背負って立つ鳥である。

天才を持った若鳥たちが羽ばたいていくことに貢献することが生きる喜びである。

会社を作り、育み、存在し続けるということは、人類に貢献し続けるということだ。

人類に貢献しない会社は、一時的には儲かり、関係者の懐を潤わせるが、長続きしない。

会社や仕事は、時間が経てば変わってしまう。

お金は、使わなければ腐ってしまう。

会社が儲かっている間は、せめてその上澄みを人類の貢献に充てたいのだ。

万が一、会社がなくなってしまっても、人は残る。人類は残る。

だから出来る限りそれに貢献したいのだ。

僕は人類を心から愛している。だから天才を愛している。

愛している!愛している!ああ愛している!

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