携帯電話業界から見たiPhone評のようなもの
さて、一日あけてあらためてiPhoneについて考えてみると、やはりつくづくAppleだなあと思うわけです。
iPhoneは僕のような携帯電話業界の人間にしてみるともはや携帯電話ではありません。
Macマニアとして見るとたぶんMacでもありません。
Appleは今回のiPhoneを「電話を再発明した」と言っていますが、それはまあいつものあれでしょう。
ネットができる電話ならiモードもLモードもあるし、そもそもアメリカにもTreoやSidekickがあります。
最近のSidekickなんか完全にiPhoneと同じ機能を持っていたといって良いんじゃないでしょうか。違うのは容量とMacとの連携くらいなものでしょう。
今回のiPhoneの発表は、電話を再発明したというよりもPDA市場に再上陸したということでしょう。
もともとPDAという言葉を作ったのはAppleですから、PDA市場に再上陸というのが一番しっくりくるのですが、PDAという言葉はもっと理想が高い言葉なので敢えて使わなかったというのと、そもそもジョブスをAppleから追い出したスカリー時代の言葉なので、使いたくなかった、というのが本音かもしれません。
携帯電話業界としては、PDAは全く別物という考え方です。
だからiPhoneがいくら電話と名前がついていても、それは電話というよりもPDAなのです。
では電話としてiPhoneを見たときにどうかというと、まだまだという印象があります。
テレビ電話機能はなく、触覚で知覚可能なキーパッドもないので、ボタン操作は快適とは言い難いものになるでしょう。メールを打つにも画面にキーパッドが表示されるという状態では、間違って隣のキーを押してしまう可能性が非常に高いと思います。
また、通信機能に関しては、GSM(EDGE)という仕様。EDGEはTDMA方式(時分割多元接続)の3G規格です。これは世界的にカバー範囲の広いGSMであるかわりに性能の制約があります。
日本ではEDGEの最高速度である384Kbpsという通信速度は比較的遅い通信速度で、FOMAと同じくらいのスピードです。しかし日本では昨年夏のN902iXを初めとするHSDPA(最大3Mbps〜10Mbpsの通信規格)への移行が既に始まっているほか、KDDIではCDMA1xWINという最大2.4Mbpsのサービスを展開していて、昨年末から最大3MbpsとなるCDMA2000 1x EV-DO Rev.Aのサービスが始まったところです。
iPhoneは2008年にアジア投入ということで、当然このクラスの通信機器を内蔵する必要がありますが、GSMとあまりにもかけ離れた性能のため、きちんと時代に対応した性能になるかは疑問です。
今のところ国内で利用可能なPDAで最も高速通信が可能なのはソフトバンクのX01HTで、これは下り最大1.8MbpsのHSDPA通信に対応しています。このあたり、通信速度が体験そのものにも影響を与える携帯通信装置の世界でiPhoneがどこまで戦えるかは未知数と言えるでしょう。日本にやってくるときは当然対応していて欲しいとは思いますが。
それでも僕はiPhoneを欲しいと思いますし、6月に発売されたらそれを買うためだけに渡米しようかと思っているくらいなのですが、なにがそんなに魅力なんでしょうか。
それはやはりユーザーインターフェースです。
このiPodのインターフェースひとつとっても従来のものとは一線を画しています。
特に、スクロールさせる部分に注目して欲しいのですが、このビデオによると、スクロールは画面上で指を上から下、または下から上へなぞることによってスクロールするのですが、そのスクロールに加速度がついています。
バーチャルなものに物理法則を適用することにょってより操作性が向上したと錯覚することはゲーム開発の現場などではよく知られた事実です。有名な例としてはスーパーマリオブラザーズのBダッシュやジャンプがあります。
スーパーマリオのジャンプは放物線を描くようになっていますし、Bダッシュしたときの加速度もなんとなくf=maに従ってるような感じを受けます。が、実際にはそう単純ではありません。
我々は以前、スーパーマリオの画面を録画して、1コマ再生しながら、ボタンを押した瞬間にどのくらいの初速度でジャンプするか、どのくらいのスピードで落ちてくるのか、ということを計測したことがあります。さらに、計測した結果をもとに実際にジャンプするプログラムを作ってみて、そのモデルの妥当性を調査しました。
それによるとボタンを押してからジャンプの最高地点に達するまでの時間がかなり絶妙に調整されていて、そこから1コマでも狂うとスーパーマリオではない、という操作性になってしまうことがわかりました。
ユーザーインターフェースの調整によって絶妙なアイデンティティが表現されているのです。
MacOSXに端を発するiPhoneの素晴らしいUIも、同様の気持ちよさを持っていそうです。
これは例えば先ほどの例に出したスクロールするときの加速度と、スクロールが止まるときの減速度だったりとか、画面を傾けたときの追従性だとか、タテヨコが即座に切り替わるのではなくて、微妙に回転する途中の映像が補完されていたりとか、そういう細かな演出によってユーザーインターフェース全体の完成度というものが高まっているように思います。
それは項目を選択したときの画面のスライドの演出や、仮想キーパッドのキーを押すと押したキーが大きくなる演出、ダッシュボードを呼び出すと、ウィジェットのアイコン群がズームアウトして表示される演出など、細部にわたっています。
残念ながらこういうところが今の日本の携帯電話に欠けているところです。
説明するのも気の毒なほどですが、どの携帯電話を見てもこうした配慮が十分に行き届いていません。
最近はトップメニューはアニメーションするようになりましたが、三階層以降はあいかわらずですし、ネイティブアプリの部分は演出など全く廃した、まさに「質実剛健」とでも呼ぶべきインターフェースになってしまっています。
そういうインターフェースの作りの好さのひとつひとつを体験するためだけにでも、iPhoneは買う価値があると思います。
独自アプリを開発できないのは残念ですが、携帯電話として売ろうとするといろいろな法的制約があるので、それもいずれ時間が解決してくれることと思います。
電話としてではなく、新しいコンピュータとして、iPhoneには期待が高まります。
| 固定リンク
最近のコメント