魂に値段はない
愛する長岡市が産んだ偉大な企業で、そして僕が最も感謝すべき企業のひとつ、北越製紙が危機的状況に陥っている。
北越製紙は、一部上場しているとはいえ、王子製紙や日本製紙に比べれば、取るに足らない規模の会社である。
本社は丸の内だが、創業の地は長岡市で、僕の父も祖父も北越の人間だ。
会社に対する不満を聞いたことが全くないわけではないが、工業高校卒で全く学のない父や、小学校中退でそのまま軍役に服した祖父を受け入れ、高等な教育を施し、一人前の人間へと育て上げ、少なくとも僕を含む家族を幸福のもとに養ってくれた、という意味ではいくら感謝してもしたりない。北越製紙は、僕自身のルーツでもある。
僕自身が初めてコンピュータに触れ、その無限の可能性に気づかされたのも、そもそも北越製紙の研究所員が発売されたばかりのTK-80を父ら全く高等教育を受けていない、しかしやる気は人一倍ある若者達に見せ、彼らを教育して最先端の設備を自分たちの手で作り出すことを始めたからで、でなければ父は今でも高等数学を使えなかったろうし、僕が六歳の時に最先端のコンピュータを買い与えられ、三角関数とベクトルを父から教わることも、そもそも不可能だったに違いない。
未経験でもやる気と能力のある若者を採用し、会社に関わるほぼ全てのものを内製しようとしているいまの当社の経営指針ももともとは北越製紙にルーツがある。
北越製紙に対して敵対的なTOBが仕掛けられていると知ったとき、胸が張り裂けそうな気がした。
あまりのショックにしばらく仕事も手に付かなかったが、そんな個人的なことで落ち込む暇もないほど忙しかったので、かわりに浴びるように酒を飲んで寝た。
テレビのインタビューで三輪社長がこう言った。
「100年の歴史の中で築いてきた、自主独立の北越魂を守る」
この会見を車中で見たとき、涙が止めどなくこぼれた。
この言葉を聞いて僕と同じように感じる人は、もの凄く少ないと思う。
僕のように、子供の頃から、北越製紙と身近に接していなければ、全くそれは解らないだろう。
たとえ、仮にTOBが成立し、祖父と父とがその生涯をその発展に捧げてきた北越製紙が雲散霧消し、長岡工場が廃止され、父が職を失うようなことがあるとしても、なにより魂を大切にする人が社長で良かったと思う。
本人が心から思っていなければ、公式の会見でこのような単語は絶対に出てこないと思うからだ。
長岡の人間は、愚図な田舎者に見えるかもしれないが、河井継之助の昔から、ずっと魂だけは大切にしてきた。北越製紙という名前に込められた思いは継之助の武装中立思想と重なる。
人間は感情だけでは生きていけない。
魂だけでも生きていけない。
だが魂に値段は付けられない。
武士は食わねど高楊枝。
だが今の時代、戦は魂でも刀でもなく、知略と財力で行われている。
この時代において、合理性ではなく精神論に訴えて企業防衛を計る北越製紙のやり方は、まこと侍の商法だ。
そして三菱もまた、地下浪人、岩崎弥太郎の興した士魂商才の会社である。
この二つの会社はそんなところも似ているのかもしれない。
王子製紙の社長は僕がみた会見ではこう言った。
「これは日本初の、まともな会社によるまともな目的の敵対的TOBである」
ライブドアや楽天がまともな会社でなかったかどうかはともかく、日本風の敵対的TOBがなぜ「敵対的」と呼ばれるかと言えば、それは買収される側の士気が著しく低下するからに他ならないだろう。
魂を無視し、人の心を踏みにじり、自らの利益の追求のためだけにTOBを仕掛けることが「まともなこと」だとすれば、過去の敵対的TOBとなんら変わりがない。
唯一違うとすれば、かつてのTOBは歴史もブランドも劣る弱者が、エスタブリッシュな強者に挑戦した敵対的TOBだったが、今回の場合は単なる弱い者虐めをしようとしているだけ、という部分である。本来なら、一般の人からみれば取るに足らないニュースだが、これだけ大事になっているのは、業界全体に与える影響が無視できないからなのかもしれない。
戦争であるから、負けてしまっても仕方がないし、それで経営陣が無能だとかは思わない。
しかし、それがどのような結果になってしまったとしても、北越の魂は忘れてはならない。
これは我々若き長岡人が有形無形で子へ孫へと引き継いでいくべき、郷土の誇りであり、美学なのだ。
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