株式を公開するということ
自分の勤めていた会社が株式公開するという経験を、二回ほどしています。
もっとも、どちらの場合も僕はすでに会社にいなかったので、その恩恵にはまったく授かっていないのが残念なところです。
しかし「公開を目指す企業」と「実際にそのやり方で公開できた企業」の内情、空気というものを肌で感じてきたという経験は何物にも変えがたいと思っています。
そういう乏しい経験から語るとすると、会社が公開するためにはいくつかのステップを経る必要があります。
ひとつは売り上げが順調に伸び続けること。できれば利益も上がり続けること。
最終的に株式公開した時点で、さらに倍以上の成長が見込めないと高い株価はつきません。
逆の言い方をすれば、公開企業とは常に成長、とくに急成長を期待される会社ということになります。
急成長できない会社は、みんながどんなに期待して投資を繰り返しても公開できずくすぶり続けます。こういうのを専門家は「リビングデッド」と呼びます。生きながらにして死んでいるという感じでしょうか。リビングデッドなベンチャー企業というのは無数にあります。
株式公開するというのはそれだけで凄いことなのですが、反対に成長し続けなくてはならないという宿命を負います。
株式公開するということは、投資家からお金を集めるということで、投資家に対してどんな見返りを与えるかということが、今度は経営の主眼になります。
見返りのひとつは配当と呼ばれるもので、これは会社の利益の一部を株式の所有比率に応じて配分するものです。おそろしく業績のいい会社で20%程度の配当がつくことがあります(これはつきすぎなので実際にはあまりありません)。20%というのは、資本金の20%を投資家に戻すという配当です。仮にこれが五回続けば、100%の投資を回収できることになり、あとは儲けになります。
しかしいつからか配当が期待されることはほとんどなくなりました。高度経済成長やバブルがひと段落し、利益をたくさん出して税金をたくさん払って、その上で配当を出すというのがあまり効率的ではないと考えられるようになったからです。
そこで現在、公開企業の多くは配当を出すよりも株価を上げることによって、投資してくれた方に「含み益」つまり、買ったときよりも高い水準の株価にすることで差額をお返しするという考え方で経営しています。
昨年末、ライブドアの株主総会で配当がないとクレームをつけた株主に対して、堀江社長は「今期の利益はさらに積極的な買収工作の資金にする」と語っていました。これが今のベンチャー企業の考え方を代表していると言ってよいでしょう。
反対に古くからある会社はきちんと配当を出したり、魅力的な株主優待を用意したりして株主のケアを行っています。株主は会社のオーナーなわけですから、その会社の製品を買ったり、サービスを利用したりするときに優待されるのは当然といえば当然です。
ライブドアも有料サービスをたくさんやっているので株主優待をもっと充実させるとか、そういう方法で応えることができたはずですが、実際にはLindowsのCDをプレゼントとぽすれんのDVD五枚レンタルというちょっと充実してるとは言い難い優待があるのみでした。
昨年はライブドアポイントをプレゼントという優待があったようです。一株あたりの株価が極端に安いので100株以上でないと100ポイントもらえないとというのは仕方がないのかもしれません。
ただ、ライブドアの場合多くの人の興味は株価があがっていくことでした。
投機的というか、土地バブルのように際限なく株価が上がっていくかのような錯覚を抱いていた方が少なくなかったのかもしれません。
しかし、当たり前ですが、株価がいくら上がっても、実際の現金にしない限りは株券はただの紙切れにすぎません。
いつか株券を誰かにより高い値段で売って「利食い」する必要があります。
もともと株は、銀行に貯金するよりも少しマシな貯蓄法と考えていればそれほど株価の暴騰や暴落で一喜一憂することはないのですが、投機的な買い方をすると今回のように思わぬしっぺ返しを受けることになります。
株券が現金になるのは、誰かに買ってもらうときだけですから、必ず値段というのはあがったり下がったりするはずです。最終的な価格を決定するのはタイミングと市場の空気だけです。
投機的な目的、つまり株価が上がっていく差益で儲けようという目的で株券を買う場合は、常に売るタイミングを意識して買わなければなりません。
その意味ではすでにライブドアはグループ各社あわせて到底実態にあわないくらいの時価総額に達していました。検察の調査が入らなくてもいつ破綻してもおかしくないような状態だったのです。
1兆円という時価総額がどれくらいの会社に匹敵するかというと、日本最大のSI企業であるNTTデータや、日本最大の電機・コンピュータメーカーであるNECに匹敵するような金額です。
ちなみにNECの売上高は連結で2兆円、経常利益は300億円です。NTTデータも、売上高が4000億円、経常利益が153億円です。
対して時価総額が同じくらい(当時)のライブドアは売上高が300億円、経常利益は30億円でしかありません。しかもそれすら粉飾の疑いがもたれています。
これは企業の実態に対して株価が極端に高すぎた良い例です。
堀江社長はこの状況で迎えた株主総会で配当を行わず、さらに株価を上げていくことで投資家に利益を還元すると宣言していたわけですから、どこまでこの不安定な状態を拡大させていくつもりだったのか不思議です。
ただし、いろいろなテレビなどで指摘されているとおり、ライブドアが成長を続けるためにはそのM&Aの資本となる株価がすべてだったので、株価は高くなって悪いということはひとつもなかったわけです。ただ、株というのはそもそもそういう目的のために使うものでは本来ありません。「法整備が甘い」のではなく、株式市場という仕組みの使い方を完全に誤っているか、意図的に利用したのです。
あたりまえですが高すぎる株価のツケは必ず投資家に行きます。今回の破綻で破産した方がたくさんいたそうですが、投資や相場の世界ではそうやって極端なまでに高めた株価を何も知らない人に売りつけて最終的に大きな利益を得るというのがあたりまえのやり方だそうです。
ババ抜きのようなもので、たまたまそのときライブドアの株をもっていた人が大損しただけの話です。まさにマネーゲームという言葉がしっくりきます。
会社に現金があると、それを貯金したほうがいいか、それともなにかに投資したほうがいいのか、悩むことがありました。
しかし、よく考えたら、貯金するということは銀行がそれを運用してほとんどの利益をもっていくだけです。
事業というのはたいていの場合、銀行や株式市場からからお金を借りて(投資を受けて)行って、そこから出た利益を利息や配当といった形で返していくわけですから、資金を運用するより銀行に貯金したほうがマシな会社など、存在意義すら怪しくなります。
このような理由から、銀行に預けるよりも自分で投資などに使って運用したほうが良いという話になるのですが、当然のことながら銀行がとっているリスクと同じだけのリスクを個人でとるのはかなり無謀です。
だから結局のところ、僕は貯金もしてませんし、株も自社株しかもっておらず、幸い銀行からの借金もありません。あるのは中古車のローンだけです。
株をやってない理由は、誰かほかの人に投資するよりも、自分の会社に投資する方が資金を効果的に運用できると思っているからです。
企業にとって株式公開はゴールではなくてスタート地点であるはずです。しかしそこでいたずらに株価の増減を気にするよりも、調達した資金を自社に投資し、会社の業績を伸ばしていくことで配当や優待の形で人々の生活に貢献する。それが公開企業のあるべき姿ではないかと思うのです。
もちろん堀江社長の言うように本当に買収によって「事業シナジー」が生まれる可能性があり、その手段として高価な株価と株式交換を採用することも考えられることです。しかし実際にははっきり相乗効果と呼べるものはほとんど生まれず、ライブドアのブランド力(及び、社長のタレント性)以外には目ぼしい売り物がなかったわけですから、破綻は時間の問題だったのではないかと思います。
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